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50CCスクーターを作ってみた

スクーターのミニチュア制作

 

 

 

今回は、50ccのスクーターを作ってみました。

 写真は、トミカのレパードと一緒に撮影。

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行動範囲の拡大と改造

 

高校生になると出来ることの一つに、バイク免許を取得できる年齢に達することが挙げられます。

 

バイクは、今までの人力の自転車と違い、ガソリンを消費することで人間の運動エネルギーの消費を極力抑えつつ、広範囲の移動が可能となる画期的なものです。

 

50ccの原付といえども、かなり行動範囲を広げることができます。

 

夏になれば、海に行ったり、ちょっとした買い物とかもスイスイです。

 

いきなり中型免許というのも可能だけど原付免許は、試験に受かればその日に交付してもらえるという非常に、便利なものだったので、さっそく誕生日に取りに行ったことを覚えています。

 

高校は公立だったので免許の取得は、全く問題ないのもとても良かった。

 

免許を取得して一番初めに乗ったのは、家にあったスズキの「蘭」。

 

最高速度は50km/hくらいという遅さだった。

 

しかし、原付の法定速度は30kmなので、十分なスピード。

 しかも「蘭」は、ウィリーするほどのパワーもないところが初心者には安全だった。

 

当時50ccといえば、2ストが主流で、今のような4ストの原付は、カブ、ゴリラ、モンキー、GAGくらいだった気がします。「ECO」というものとはかけ離れた時代でした。

 

改造する楽しみ

 

2ストの原付は、60kmまでは十分な速さでしたが、それ以上を望むスピードスター達は改造という手段に出ます。

 

当時のスクーターの改造では、チャンバー取り付けやハイスピードプーリーという部品交換が挙げられます。

 

普通はチャンバー取り付けの際には、プーリーとセットで改造するけど(そうじゃないと低速時にもたつく)、この二つを交換するだけで、80kmは出ていたと思います。

 

60kmまでしか表示がないスピードメーターは、普通に振り切ることに。

 

2スト恐るべし。

 

 ヘルメットの盗難は当たり前

 

原付といえば、ヘルメットの盗難が普通にありました。

「DJ1」や「hi」は、メットホルダーとしての機能を果していないぐらい貧弱な作りでかっこうの餌食となっていました。

 

これらの原付に限らず、あご紐をハサミで「チョキン」されて盗難されることもあったんだよなあ(泣)。

 

私もその被害にあったけど、幸い金持ちのM君にヘルメットを、永久的に賃借できたのでよかったです。

 

パチンコ屋にとめておくと負けた腹いせか、シートにタバコが刺さっている状態をみることも。

 

当然ながら穴が開いている。

 

高校時代の原付バイク遍歴

 

 

私が当時乗った原付は、次の通りです。

 

  1. スズキ「蘭」・・・マフラーに釘で穴を開けていたためうるさくなってしまい、ヤンキー君に目を付けられることもあった。しかし、少し速くなった。
  2. NSR50・・・元々リミッターカットされていたため、100kmくらい出た記憶がある。車との事故により廃車。
  3. jogスポ・・・メットインタイプ。車との事故により廃車。
  4. ハイアップR・・・プーリー装着。70km~80kmくらい出ていた気がする。このプーリ―を付けるにあたって、キックスターターの棒を金鋸で切っちゃたので、セルスタートのみとなっていました。2回ほどエンジンかからず、押して帰ってきたことあり。最終的にエンジンかからなくなって廃車。

 

こんなに乗るつもりなかったんですけど、事故でやむなく買い替えることになったのです(笑)。

奇跡的に事故を2回してるけど、大けががなかったのは不幸中の幸いでした。

 

というわけで、今回は50ccの思い出について書いてみました。